新潟

古くは北前船の寄港地として古くから栄えた歴史ある都市、新潟。地方都市の中でも有数の規模を誇る街だ。
と、なれば自然とネオン輝く街並への期待も大いに膨らむというもの。
到着そうそう、記者が軽く情報収集をしてみると予想通り、新潟駅近辺は界隈でも有数の風俗エリアだったのだ。
業種としては、駅前にいくつも建つビジネス系ホテルには数十店鋪ものデリヘルが出張準備万端。

そして繁華街はというと、ヌキ処は駅の北口(万代口)に点在していて、駅を背に東と西にまんべんなくあるようだ。
西側には比較的飲食街が集中していて、キャバクラなどの客引きも行われている。

しかし、その分タチの悪い若者この界隈には多く、初めて訪れた観光客は「ガラが悪い地域」という印象を受けてしまうかもしれない。
一方、駅の西側は薄暗い路地に何件もサロンが建ち並ぶヌキスポット。

どうやらご当地はピンサロが盛んなようで、ポン引きのおっさんが多く、それに紛れてアジアンエステの韓国人なんかも目にすることができる。
駅前に宿を取った場合なら、この東西のエリアに足を運ぶだけでまず遊びに困ることはないだろう。
深夜ならデリヘルも営業しているので、即座に快感へと誘ってくれるはずだ。
しかし、もっとディープな新潟遊びをしたいなら、実は駅から離れたとある一画真の「新潟流」を体験できる男の桃源郷が広がっているのだ。

JRの万代口から徒歩で2~30分。バス通りを日本海に向け直進していくと、信濃川に架かる万代橋が現れるのだが、
実はこの先にある「ふるまちモール」界隈こそが新潟の真の歓楽街なのだ。駅前を遥かにしのぐ飲み屋の数。
キャバクラ嬢が元気良く客を引く光景は、かつての歌舞伎町を思わせるほどだ。もちろんヌキ処もある。
さすがに性感ヘルスを大々的に謳う店はないが、ソープやサロン、韓国エステなどがこれでもかと目に留まる。

そして今回、記者が体験した「新潟流」の名店をご紹介しよう。
駅から続く東大通りから古街度檻を一本超えた西側に折れる細い路地。そこはちょっとしたソープ街になっているのだが、数件の小さなサロンもある。
そこは表向きはピンサロだが、実は格安でマル秘サービスを提供してくれる「新潟流」の見せだったのだ。
午後10時を回った頃、当日は雨ということもあってか、路地には人通りもまばら。するとサロンの客引きらしきおっさんが声をかけてきた。
「今日は特別!コレでいいから遊んでいってよ、お兄さん」
おっさんが言う「コレ」とは人指し指1本。つまり大1枚ということだ。

ピンサロでその値段は高過ぎると一蹴しようとすると、おっさんは腕を掴んでこう続けた。
「特別って言ったろ?最後までいいよ。とにかく来なって!」
かなり強引に店内へ連れ込まれ、仕方なく前金で支払う。店内は場末のパブのようになっていて、客は記者だけのようだ。
(このだだっ広い空間で本○させる気かよ…)

そう思っていると、おっさんは店内の奥にある小さな扉の前に記者を連れていった。中は畳み二畳分ほどの薄暗い空間に布団がひとつ。
その上には全裸のお姉さんが座っていた…。
つまりここはサロンとは名ばかりの一発屋。普段がどうなのかは不明だが、この日に限って言えば売春宿として営業されていたのだ。
相手の顔は暗くてよく見えないが、肝心のサービスはなかなか濃厚でビックリ。
おしぼりから生フェラ、そしてゴム姦と不衛生さは否めないものの、女の本気度はかなりのもの。
全身をベロベロ舐め回され、ズッポシ挿れると本気のアエギ声が部屋に響く。
料金は最初の話通り1万円ポッキリ。安く本○をしたいなら、多少苦労してでもこの「新潟流」を是非オススメしたい。

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三条

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新潟県三条市。位置的には長岡市などと同じ中越として分類されるらしいが、多くのケースで新潟市よりの下越として位置づけられることが多いらしい。新潟市からも高速で30分程度で行くことが出来る。

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燕市と隣接し高速道路では三条燕IC、上越新幹線の停車駅では燕三条駅がある。産業は金物の工業が世界的にも有名。また、人口比での社長の割合が日本一多い町らしい。2004年には、新潟・福島豪雨(7・13水害)や新潟県中越地震(新潟県中越大震災)などの天災により経済的なダメージも大きく受けた。

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あちこちに昭和の面影が残っている。2001年までは三条競馬場にて地方競馬が開催されていたが、経営の悪化により閉鎖、競馬場は新潟・福島豪雨(7・13水害)の時は廃棄物置場としても利用されたらしい。

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町の至るところで見かけた「カレーラーメン」ののぼり。どうやらカレーラーメン発祥の地が三条と言っているらしいが、他にも千葉起源説や北海道起源説などもあるらしく、どれが本当の発祥かは定かではないらしい。

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本寺小路と呼ばれる歓楽街は東別院と共に元禄16年(1703)に出来上がった。その後東別院は文政11年(1828)三条地震で倒壊、明治13年(1880)糸屋火事で全焼と2度無くなっているが、現在の本堂が明治41年(1908)完成。旅籠(はたご:食事の給仕のほか、夜の接待をする飯盛り女を置く宿)が並ぶ宿場町として風俗が発展していった。

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かつての繁栄?をうかがえる看板。今は無き風俗店でしょうか。さすがにその奥に足を入れる気にはなれませんでした。

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スナックや飲み屋などは今でも健在。いわゆる歓楽街としてのテイストはまだまだ残っています。ちなみに三条市で栄えているのは三条駅周辺ではなく、東三条駅周辺らしいです。

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無料案内所を発見。夜の街を遊ぶのであればここに立ち寄るのもひとつの手かも知れません。